石川さゆりさんの「津軽海峡・冬景色」は全く素晴らしい名曲ですね。 本当に胸に響く、私の大好きな歌です。 ただ、青森駅近くのメモリアルシップ「八甲田丸」そばに設置してある歌碑に不用意に接近してセンサーにキャッチされてしまうと、強制的に大音量の「津軽海峡・冬景色」をフルコーラスで浴びる破目になるので気を付けなければなりませんがね。 でも、この歌のせいで青函航路に「寒い・暗い・悲しい・誰も無口」という、どよ〜んとしたイメージを持ってしまった人も多いのではないでしょうか。 そんなド演歌な青函航路に突如現れた、大柄だけど愛らしい女の子「ナッチャンRera」の誕生に私は度肝を抜かれたのでありました。
ウェーブピアサーの船型はともかく、思いもよらない斬新極まりない船名とペインティング! びっくりしました。 そして大いに気に入りました。 プロのデザイナーではない、京都市在住の女の子が描いたイラストを身にまとったその姿にはアニメキャラを大書きした旅客機とは違う親しみ易さと夢を感じました。 その女の子の名に因んだ船名は、アルミ軽合金の構造物にチャーミングな人格を与えました。 これらは冬景色な青函航路のイメージを明るい「青函ロマンチッククルーズ」へと完全に塗り替えるものでした。 心躍る夢と未来への希望に満ちあふれた「ナッチャンRera」。 彼女は旅行者に思い出を与え、地元の人たちに親しまれ、運送業者に頼りにされる素晴らしい船になるものと私は信じ、かつ念願していました。 ・・・ しかし ・・・。
燃料高騰と業績の低迷によりわずか一年、妹の「ナッチャンWorld」に至ってはたった半年の2008年10月31日で運休・撤退とは・・・! 心底ショックでした。 怒りすら感じました。 キャビンアテンダントさんたちやターミナルの人たち等去っていかねばならない方々のお気持ちを思うとやり切れなくなりました。 しかし、私のような者がいくら嘆いても決まってしまったものはどうしようもありません。 こうなったら是が非でも「ナッチャン」に乗りに行かねばならない! というわけで、まとまった休みがもらえたので、上野発の夜行列車で青森に行き(結局私は冬景色な人間なんですよ・・・)、2008年10月29日の函館行きの「Rera」と青森行きの「World」に乗りました。
この日は所々白波がたつ海上模様でありましたがそれ程の揺れではありませんでした。 静岡県の「希望」はまるで砂利道を走るようなゴンゴンゴンという硬質の突き上げ振動が感じられましたが、「Rera」はローリングと微振動だけで充分快適と言えるものでした。
軽量化のせいか座席はそれなりの出来栄えですね。 特に背もたれ背面のテーブルはちょっと安っぽい感じ。 床のフローリング面は普通の船のコンクリ+床材に比べて、大げさに言えば踏み抜いてしまいそうな頼り無い感触。 これも軽量化ゆえか?
船内に「案内所」がないのが珍しい。 売店のレジが案内所を兼ねているようだけど、これはあまりいいやり方とは思えませんが・・・。 席は全席指定となっているが、表示がわかりにくく、困惑しているお年寄りも見受けられたのでこれは手直しした方がいいでしょうね(いまさら言っても詮無いことか・・・)
で、29日に往復して帰京するつもりだったんだけど、「ここまで来てナッチャンの最期を見届けずしてどうするんだ」ってなもんで、結局29日に1往復(ReraとWorld)、30日に青森行き片道(World)、31日に1往復(Worldと最終航海のRera)、3日間で5航海乗船という気がふれたとしか思えない行動をしてしまうこととなりました。 な、な、何という大散財。
31日の13時45分発函館行きの「World」は60才代のお兄さんお嬢さん方が団体で乗られて実に賑やか。 北へ帰る人の群れは無口どころかうるさいうるさい(笑) でもこの喧騒が心地よく、うれしかった。
それに比べ「Rera」の最終航海となる19時30分発青森行きは流石に乗客数こそ多いもののノンビリした感じ。 青函連絡船の最終日と違い、「ありがとう」の幕もなく、記念品の配布も無く、下船時に船長直々の見送りがあったものの総じてただただ普通に終わってしまった・・・。 いや、1つだけ普段と違ったものがありました。 それはキャビンアテンダントさんたちの目に浮かぶ涙・・・。 短い間だったけど、残念だったけど、船の皆さん、ターミナルの皆さん、本当にお疲れ様でした。 そして、さようなら「ナッチャンRera」、さようなら「ナッチャンWorld」。